ホテル・旅館
有限会社ホテルさかえや(春蘭の宿さかえや)
代表取締役 湯本晴彦 氏
■業界の概要と企業の概要
開湯1300年の歴史を持つ渋温泉。豊富な湯量と9つの外湯や世界でも他では見られないといわれる野生の猿が温泉に入る地獄谷。情緒溢れる石畳の温泉街には、全国各地、海外からも観光客が訪れる。
春蘭の宿さかえやは、その渋温泉で昭和2年に開業。地元の食材を生かした料理や行き届いたサービスに対する利用客からの評価も非常に高く、リピーターも数多い。
そんな質の高いサービスの元になっているのが、「人の縁に育まれ、人の縁を育む」という企業理念。そこには、「家業」から「企業」への変換を目指した湯本社長の思いが込められていた。
■事業と強みと今後の展開
社員と社員の仲の良さが強み...そう言えるようになった3年前の転機
旅館業は業界的には厳しい状況です。全国の旅館数はバブル時代以前、1980年の8万3000軒をピークに年々減少し、2013年には4万5000軒を切っています。日本の人口も減少し、業界の動向が下降線を辿るなか、唯一上昇しているのが外国人観光客の利用ですが、それも1割程度です。
ただ渋温泉は、豊富な湯量や外湯巡りなど「温泉街」としての魅力があり、他に比べると後継者が戻ってきているので横ばいを維持している状況であるかとは思います。
そのなかで弊社の強みは、人。社員さんを中心にやってきたので、社員さんの仲がよく、それがお客様へのサービスの質の向上にも繋がっていると思います。
実は、このように言えるようになってきたのはここ数年のこと。3年前に「転機」を迎えてからの話なのです。
湯本家の「家業」から「企業」へ~3つの覚悟
かつては、どこの温泉旅館もそうであるように、弊社も湯本家の「家業」という状況でした。社員との関係も「湯本家の使用人」のような状況だったと思います。
社長に就任し、まずはこの状況を変えたいと思いました。そのため、会社案内や採用案内、週休2日制などの様々な制度や就業規則などまずは形から整えていきました。しかし、「仏作って魂入れず」ではありませんが、形だけ整えても目指す「企業化」とはなりませんでした。
今思うと、トップである私の覚悟。それがなかったように思います。そこで私は「家業」から「企業」にするために、3つの覚悟を決めました。
1つ目:館内を徹底的に磨き上げる
その1つ目が掃除を徹底的に行うことです。私自身が率先して、館内を徹底的に磨き上げようと決めました。当時は恥ずかしながら、汚いところもあったのです。
まず取り掛かったのは、長年使用し、黒ずんでいた階段でした。決してきれいではありませんが、「仕方ない」とあきらめていたのです。しかしその黒ずみも、1段磨くのに30分くらいかけて必死で磨くと、きれいになりました。毎日掃除だけをやるわけにもいかないので、朝の1時間だけ磨きます。だから1日に磨けるのは、せいぜい2~3段。6階まである階段を全て磨くのに、「どれだけかかるんだろう?」と正直途方に暮れたこともありました。
それでも私が変わらなければ、会社も変わらない。そう思い、続けました。2階から3階になるころには掃除がおもしろくなり、1度きれいにした場所は、汚れにくくなると気づきました。きれいになっているので、他の人もちょっとしたゴミや汚れに気づき、すぐに拾えるようになるからです。
無心に手を動かし、掃除をすると悶々としていたこともすっきりしてきます。こうして、階段やトイレの黒ずみなどを徹底的に磨くうちに、社員さんの意識も変わり始め、私自身の意識もクリアになっていきました。
「少しやって、なんとなくきれいになったから次」ではなくて、「徹底的にやって、次」。これは掃除だけでなく、仕事にも言えること。掃除を徹底的にやるようになった結果、仕事の面でもこれまで中途半端になる仕事があったのですが、それがなくなり仕事への取り組む姿勢や意識も大きく変わりました。
2つ目:社長室をなくす
2つ目の覚悟は社長室をなくすことでした。現場を掃除していて、私自身、現場の社員さんの顔や努力、頑張りを見ていなかったと気づきました。そこで社長室を出て、皆と一緒に仕事をしようと、フロントの一角で仕事をするようにしました。すると、現場の状況が今までよりもよくわかるようになったのです。
他の部署が忙しくても周囲が手伝う体制ができていないことに気づき、お互いに助け合えるようオールマイティで仕事ができるようなシフト制に変えました。意識の面でも、チームワークについても教育し、板前でもお客様を迎える準備が間に合わないのならお掃除も手伝おう、皆で協力し合おうと意識づけをしていきました。
社内で頑張っている人を認める。叱る場合も、その人の人生を応援するような指導をする。自分のやり方に沿わないから腹を立てるのではなく、同じ方向を見て向き合うように叱る。人が生き生きと働くためには、そんなふうにその人の「存在価値」や「生きがい」を大事にしていかないといけない...社長室から出て、それに気づいたのです。
3つ目:女将旅館から社員旅館へ
そして3つ目が前に出るのではなく、社員さんが前に出るようにしたことです。「社員さんが中心の職場に」といくら口でいっていても、女将や私がいるとやはり女将や私が中心になってしまいます。そこで、女将はお客様からお声がかかったときなど必要なときだけ来てもらうようにし、社員が女将のように動くよう指導しました。
このようにして旅館に身内色をなくし、「家業」から「企業」へと変化させていきました。
湯本家の家業でなく、企業として社員さんが夢や希望を持てる会社に。そのための問題点を、社員さんや外部コンサルタントと話しあいながら1つ1つクリアにしてきました。覚悟さえ決まれば、結果は必ず出てきます。それを実感した3年間でした。
今目指しているのは、サービスの質の向上です。我々自身ができることをまず徹底的にやって少しずつレベルアップする。売上という結果は後からついてくるものだと思っています。
人のご縁を結ぶ、婚活イベントへのチャレンジ
社員さんを中心に、と意識を変えていくなかで、今年の2月には新たな事業にもチャレンジしました。それが「婚活イベント」です。「人のご縁を」と企業理念にもあるのだから、社会的な「縁結びを」と思って始めたのがきっかけでした。
とはいえ、最初は全くわからない状態なので、大規模な婚活イベントを主催する方に話を聞くなどして、手探りで準備を始めました。
イベント内容の企画、価格設定、参加者の募集など何もかもすべて初めての世界です。県が推進している婚活サポーターにも登録し、地元の新聞や雑誌に広告を出して募集をしましたが、最初の頃は2~3人しか人が集まらず、何度も中止にしようと思いました。
それでも結果的には23人の方が集まり、中心となっていた社員さんにも大きな自信になりました。
婚活イベントは6月に第2回を開催し、12月には第3回を開催します。回を重ねるほどに、人のご縁を繋ぐ大切さにやりがいを感じ、社員も一丸となれることを感じています。
他にも、志賀高原で喫茶店をオープンしたり、プリンの販売をしてみたり。新しいチャレンジにはいろんな抵抗やハードルがありますが、やってみれば自信になります。そして仕事が面白くなってきます。そんな新しいチャレンジを、これからも社員さん中心で進めていきたいですね。
今後はフリースクールとして社会貢献を
さらに今後は、フリースクールとして学生さんの受け入れを新規事業として考えています。この夏、インターンシップや就業体験を受け入れたら、昼夜逆転していた学生さんも早起きができるようになりました。
それを見ていて、旅館での経験は若い学生さんたちにとってすごく意味があるのではないかと。そこで、インターンシップなど一時的なものだけでなく、長期的な受け入れや不登校の学生さんへの支援としてフリースクールの場になれればと思ったのです。
■求める人材像は・・・
頼まれて、「はい」と言える素直さがあれば
入社する人材に求めるのは、素直さです。何かを頼まれたときに「はい、わかりました」といえること。そういうことが大切なんです。
あとは、お客様を喜ばせるとか楽しませるとかそういうことが好きな人に来てほしいですね。
人は会社のために生きているのではなく、自分の人生がよくなるように仕事をしています。だから私もそれを応援したいと思っています。
しかし、正社員で働くというのはそれだけ責任もあるということ。時には自分の都合よりも会社のことを優先し、会社を良くするために働くことも大切です。新入社員には、現場の仕事だけでなく、そんな社会人としての責任も教えていきたいと思っています。
■ウィルウェイズが語る、エピソード オブ "社長"
湯本社長は、家業を継ぐ前は県外で3年程、外資系コンサルティング会社で働いていたそうです。様々な事情から家業を継ぐことになり、地元に戻ってきたのは20代半ば。当初はその環境の違いにびっくりしたという。
「戻ってきた時はいち社員としてのスタートだったのですが、仕事も環境も今までとあまりにも違うので、そのギャップに戸惑いましたね(笑)。
たとえば、『ここに置いてくださいね』と頼んで、『はい』と言ってくれたのに、全く違うことをやっているとか。当時は仲居さんも人の噂話を多くしていて、すごい職場環境だと衝撃的でした。」
昔、旅館に勤めるのはそういうことが当たり前でした。社員同士の連携は関係ない。働いている社員もとにかく早く仕事が終わることが大事。それが業界的にもまかり通っていたようです。
「でもそんな湯本家と使用人みたいな関係ではなくて、働いている人が夢や希望の持てる会社にしたかったんです。人は、会社のために働いているわけじゃない。自分の人生のために働いているんですから」
その後社長に就任し、試行錯誤して数年。「さかえや」は、社員が「自分が成長できる場」と喜んで働く職場に見事変遷を遂げました。
今や口コミでも評判の温かなサービスが生まれる、温かな職場とは。それが「さかえや」のキャリアインタビューで語られています。ぜひご覧ください。
※記事の内容及びプロフィールは取材当時のものです。(2014年9月)
そんな有限会社ホテルさかえや(春蘭の宿さかえや)で働く社員の・・・
おもてなしスタッフ 北村優香さん |